東京地方裁判所 昭和48年(ワ)2578号 判決 1980年11月10日
原告
スティーブン・ティ・マックィーン
右訴訟代理人
真鍋薫
外七名
被告
東宝東和株式会社
右代表者
川喜多長政
右訴訟代理人
村松俊夫
外二名
右被告補助参加人
シー・ビー・エス・インコーポレイテッド
右代表者
チャールズ・ティー・ベイツ
右訴訟代理人
山下武野
外四名
被告
株式会社 電通
右代表者
日比野恒次
右訴訟代理人
飯沢重一
外二名
被告
松下電器産業株式会社
右代表者
松下正治
右訴訟代理人
吉川大二郎
外五名
被告
株式会社ヤクルト本社
右代表者
松園尚巳
右訴訟代理人
梶谷玄
外三名
主文
一 原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実《省略》
理由
一争いのない事実
原告が世界的に著名な米国の映画俳優であり、映画「Le Mans」(邦題名「栄光のル・マン」。以下、本件映画という。)に主演したこと、本件映画は、被告東宝が日本国内における映画配給権を取得し、わが国においては昭和四六年七月ごろから上映が開始され、熱狂的な人気を呼んで多数の観客を動員し、これにより原告の俳優としての名声は更に上がつたこと、被告東宝及び同松下が、同電通の仲介で、別紙(一)の新聞広告を同(二)記載のとおりそれぞれの新聞広告欄に右広告を掲載して(これについては、被告電通が広告代理業者として関与している。)頒布するとともに、別紙(三)、(四)の商品宣伝用パンフレット、カタログを被告松下の販売店を通じて不特定多数の者に頒布したこと(以下、これらの広告を本件松下広告という。)、被告東宝及び同ヤクルトは、株式会社東京放送テレビ及びその系列の放送局において、昭和四六年八月一〇日から同年一二月末日までの毎日曜日の午後八時五五分のニュース番組のあと、最初に画面の下部に「栄光のル・マンより」という文字が小さく出、その後本件映画画面中の原告が何回か出た後、「joie」という文字が出ると同時に男性の歌声で次第に大きく「ジョア、ジョア、ジョア」、次いで「明日に向かつて進む……新しい世界を見つける」と歌われ、画面に三色(赤、緑、青)のジョアの容器が出て、同時に同じ男性の大きな声で「新しい時代の健康食品」という言葉で終わる一分間のスポット広告を放映したこと(以下、これを本件ヤクルト広告という。)、本件松下広告、同ヤクルト広告とも、それを実施するについて原告の直接の承諾を得ていなかつたことは、いずれも関係当事者間に争いがない。
二本件各広告の内容
本件松下広告の内容は前記のとおりであり、本件ヤクルト広告の内容は前記のほか、<証拠>によれば、最初の「栄光のル・マンより」の文字は画面の大きさに比して小さいものであるが明瞭に読みとれるものであり、一分間のうち最初の五分の四は本件映画画面中から取り出した様々な自動車レースの場面等であり、その中にレーサースタイルの原告の歩いている姿や顔の大写しの場面がそう入されているもので、残り五分の一が「ジョア」の宣伝部分であることが認められ、右認定に反する証拠はない。
三本件各広告の実施経緯等
<証拠>を総合すれば、次の各事実を認定することができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
1 被告東宝は、昭和四三年五月、アメリカ合衆国の世界的な企業の一つで映画関係に精通しているCBSとの間で映画配給に関する総括契約を締結したが、その第一一条(g)項には、「ディストリビューター(CBS)の事前の書面による承認がない限り、ライセンシー(被告東宝)は、次記のような方法により広告宣伝その他を問わず『映画』に関係あるステートメントをなし、又は『映画』に関係ある俳優その他の人の氏名、声、肖像を使用し又は使用することを許可してはならない。(ⅰ)直接あるいは間接に、明示的あるいは暗示的に(中略)『映画』の(中略)出演俳優(中略)が特定製品、商品、サービスを保証しあるいは保証したごとく解釈されるおそれのある方法、(ⅱ)(略)上記の者に関する宣伝広告は、その者が当該『映画』に出演し、又は当該『映画』に関してサービスを提供したことを明らかにする範囲内にとどめなければならない。(中略)ライセンシーはディストリビューターが本契約に基づき承認した範囲内の方法で『映画』の広告のために上記の者の氏名、キャラクター、肖像、写真及び『映画』の題名を用いることができるが、特定の製品やサービスに対する上記の者の保証を構成するような方法でしてはならない。」と規定されている。したがつて、被告東宝は、本件映画を含め右契約に基づいて同被告がわが国における配給権を取得する映画に関し、映画宣伝のために出演俳優等の氏名、肖像、声等を使用することができるが、その使用が、直接あるいは間接に、明示的あるいは暗示的に特定の製品、商品サービスを保証しあるいは保証したごとく解釈されるおそれのある方法である場合には、CBSの書面による事前の承諾が必要である。そして、その後、本件映画に関して昭和四六年四月一五日に被告東宝とCBSの一部門であるCCFとの間に締結された個別的な配給契約第五条(b)項には、「貴社(被告東宝)は、上記映画(本件映画)の配給計画及び宣伝キャンペーンにつきあらかじめ当社(CCF)の在日代表者と討議し、当社の合理的見解による指導に従うことを約束する。」と規定され、昭和四三年からCCF在日代表者として東京都千代田区に事務所を設けて業務に従事していたアルヴィン・アイ・カッセル(以下、単にカッセルという。)が右契約に関してもCCF在日代表者として被告東宝と協議、折衝していくこととなつた。なお、カッセルは、昭和四七年一月までにCCF在日代表者として駐在していた。
2 被告東宝は、昭和四六年、前記CCFとの個別的契約に基づき、ソラーの製作した本件映画の世界的配給権を有するCBSからその日本国内における配給権を取得し、同年七月のロードショーを皮切りに、同四八年一月まで右映画を国内映画館に配給した。
3 被告東宝は、本件映画の配給等に関し、前記個別的契約に基づきたびたびカッセルと協議を重ね、その宣伝予算、宣伝方法等につき同人の承諾のもとに最終的決定を行つた。
4 被告東宝は、本件映画興行の成功を予測し、約金五億円の配給収入を見込み、通常その一〇ないし二〇パーセントといわれる宣伝費予算として金四〇三〇万円を計上したが、その予算をもつて金八〇〇〇万円規模の宣伝効果をあげるべく、後記のタイアップ広告あるいは本件映画宣伝のため原告を日本に招待する等を企画したが、結局、通常の方法による映画宣伝と本件広告等を実施することとなり、カッセルも右予算等を承諾した。なお、実際は、宣伝費として金四八〇〇万円が費やされた。
5 被告東宝は、本件映画の宣伝広告に用いる中心的な図柄に関し、本件映画が、二四時間にわたる自動車耐久レースをドキュメンタリー的に描いたものであることから、本件映画のイメージを最も象徴的に表わしているものとして、原告の肖像そのものではなく、ヘルメット及びマスクを着用したレーサースタイルの原告の肖像を本件映画画面中から取り出して用いることを企画し、カッセルと相談したところ、同人も、右方法が本件映画のイメージを最もよく伝えることができるとのことから右企画に同意した。
6 被告東宝は、本件映画のロードショー開始に先立ち、右レーサースタイルの原告の肖像を中心的な図柄とし、それに映画題名、出演俳優等の氏名、上映劇場名及び上映期間等を掲記した通常の方法による宣伝広告をロードショー封切りの各地域において展開する一方、映画興行の成功、不成功にはその宣伝が大きく影響することから、右予算以上の宣伝広告ができるようあらゆる手段、方法を利用することを考え、その結果、後記のタイアップ広告を実施することとした。
7 被告東宝の企図したタイアップ広告は、他社の商品等の宣伝広告に相乗りする形でこれと併行的に映画の宣伝をする方式による広告で、一方が他方を保証又は推奨するという関係を意図するものではなく、映画の宣伝広告をする側からみれば、広告費用の負担を免れ、右商品等の購買者層等に映画の宣伝をすることによつて新たな観客を開拓することが可能となり、更に商品等の広告主の有しているより効果的な宣伝媒体等(例えば、新聞のより良い広告紙面、テレビのいわゆるゴールデンタイム等)を利用できる等の長所を有し、一方、商品等を宣伝広告する側からみれば、映画の宣伝広告部分を自己の広告に注意を惹きつけるものとして無償で利用することによつて、映画に興味を持つ層に商品等の宣伝広告をすることができる等の長所がある。このようなタイアップ方式による広告は、従来からわが国において数多く実施されているが、特に紛争を惹起することもなかつた。
なお、タイアップ方式による広告といつても、その実施形態は様々であるが、映画の宣伝をする側は、その映画のイメージを傷つけないような商品とのタイアップを求め、一方商品等の宣伝をする側は、その商品名あるいはそのキャッチフレーズ、商品イメージと程度の差こそあれ何らかの関連を求めてタイアップを実施するのが一般的であり、右タイアップ方式による映画の宣伝広告にその出演俳優の肖像等を使用する場合、従来からわが国では、右使用はあくまで映画宣伝のための使用であつて、当該俳優による商品等の保証あるいは推奨という形をとらない限り本人の承諾は不要であるとする考え方のもとに行われてきた。
8 被告東宝は、同電通の仲介により同松下と、また同ヤクルトとは、直接に、それぞれ右タイアップ方式による広告の話を進め、被告松下とは昭和四六年八月一日、同ヤクルトとは同月一〇日それぞれ契約を締結して覚書を交わし、本件各広告の使用期間を同年一二月末日までと定めてこれを実施したものであるが、本件各広告を実施するについては、その契約締結交渉の段階からカッセルと協議し、広告に使用する図柄、タイアップの相手方、広告開始時期、期間等につきその承諾を得、本件松下広告のうちの新聞広告については、その試験刷りも見せたうえで実施した。
また通常、映画については、その製作者等によつてその宣伝に関する教科書的役割を果たすプレスブックが作成され、配給者に配布されるが、本件映画についてもCCFによつて作成されたプレスブックが被告東宝に交付され、本件各広告は右プレスブックに記載されたタイアップ広告の実例とも軌を一にするものであつた。
9 本件各広告は、いずれも従来からわが国で実施されてきたタイアップ方式による広告と同様の手法でなされ、かつ被告東宝の前記通常の方法による宣伝広告に続いてロードショー封切り後の、いわゆる追い広告として、その広告期間も前記ロードショー上映期間(昭和四六年七月から一一月末日)にほぼ合致して行われた。
なお、本件映画以前にわが国で配給、上映された映画、邦題名「荒野の七人」にも、本件松下広告の新聞広告と同様の手法を用いたタイアップ方式の広告がなされ、そこではその出演俳優の一人である原告の肖像が、本件松下広告におけるよりも明瞭に原告と識別できる形で使用されていたが、これに対して原告から何らの抗議もなされなかつた。
10 本件各広告が実施されてしばらく経過した昭和四六年八月二五日付け書面で、カッセルは被告東宝に対し、本件松下広告における映画の題名の表示をより大きくし、上映映画館名の表示をすること等を要求したが、後日、被告東宝の当時副社長で従来から折衝の当事者として面識のある白洲春正と会い、同人から、従来日本で実施されているタイアップ方式の映画宣伝広告について実例を挙げて説明を受け、映画の題名の表示については、新聞広告におけるダブル・スポンサーの問題を生ずること、すなわち一つの広告紙面に二つ以上の広告主体がある場合に、どのように広告料金を決定するかに関し、本件松下広告に即して言えば、それが映画の題名が商品名等に比して小さいことにより全体として被告松下の広告とみなされ、継続的な大広告主である同社に適用される低い料金で広告を実施することができるが、題名の表示を大きくした場合、その部分については被告東宝についての割高の料金が適用されることになること、したがつて通常、タイアップ広告では安い広告料金が適用されるような方策を考え、映画の題名の表示は本件のように小さくならざるを得ないこと、また本件各広告は全国的に実施されるもので、上映映画館名等の記載は不可能であること等の説明を受けてこれを了解し、その結果、カッセルは右書面による要求後は本件各広告に関し何らの申入れもしなかつた。
本件各広告についてのカッセルの注意あるいは申入れは右の一度だけで、右のようなダブル・スポンサー問題の生じない本件松下広告中のパンフレット、カタログによる広告については、被告東宝は、カッセルの希望を尊重し、被告松下と相談のうえ、本件映画の題名の表示をやや大きくし、また「CCF配給」の文字を入れるなどしたが、それ以外の点については右申入れの前後でその内容の変更を行うことなく継続して実施した。
11 本件映画は、日本において特に人気を集め、その配給収入は約金五億八〇〇〇万円で、本件映画の配給が一応終了した昭和四八年度における外国映画の配給収入の面では五指に入るほどの大成功で、これは本件映画の内容、原告の魅力、名声とともに被告東宝の宣伝に依るところが大きく、その一環としての本件各広告もいわゆる追い広告として右成功に寄与したと考えられる。
そして、本件映画の成功によつて原告の人気名声は更に高まり、また原告はその配給の成功による財産的な利益も享受し(配給収入が増大すれば、被告東宝はもちろん、CCF、ソラーもそれに応じた利益配分を受け、ソラーは原告がその一〇〇パーセントの株式を保有する会社であるから、結局原告も利益を受けたことになる。)、更に、その後日本で配給された原告主演の映画がいずれも大成功を収めたが、そのことにも本件映画の成功は影響を与えていると考えられる。
12 被告松下は、その製品であるトランジスターラジオ「二〇〇〇GXワールドボーイ」を宣伝するにつき、昭和四二年ごろからその広告の主たる図柄に一貫してレーサーの写真等を使用してきたものであるが、本件松下広告もまた右広告方針に合致するものとしてこれを実施し、また、それがタイアップ方式により本件映画の宣伝広告にもなつていることから、本件松下広告は本件映画のロードショー期間中に限つて実施したものであり、右上映期間経過後の同四六年一二月二一日以降の「ワールドボーイ」トランジスターラジオの宣伝広告には原告以外のレーサーの写真等を使用した。
なお、被告松下は、本件広告に関して肖像権、著作権等の問題が生じた場合は被告東宝の責任でその解決を計る旨の条項を契約に盛り込むことを念のため希望し、被告東宝はこれに応じ、両者間で交わされた覚書にその旨が記載されているが、この点については被告ヤクルトについても同様である。
13 わが国における本件映画の配給以前に、原告に対してわが国のいくつかの企業からコマーシャル出演契約の申込みがなされたが、いずれもその対価、企業の種類等の面で原告の意向と合致しなかつたため実現せず、被告ヤクルトも、被告東宝と共通の親会社を持つ東宝インターナショナル株式会社を通じて、原告に対し昭和四六年四月ごろからコマーシャル出演契約の申込みをしていたが、結局実現はしなかつた。
なお、右のようなコマーシャル出演契約というのは映画とは何ら関係なく、特定の商品等の宣伝広告のために、出演者が一定の期間、ある種の労務を提供するもので、それ故に原告はその出演について多額の対価を要求していた。
四本件広告の性質等
本件広告の内容は、前記一、二記載のとおりであるが、まず本件松下広告についてその性質を考えてみるに、これらの広告には、その商品であるトランジスターラジオ「二〇〇〇GXワールドボーイ」の宣伝広告部分とともに、本件映画関係部分としてヘルメット及びマスクを着用しているため顔の大部分が隠れ、一見しただけでは直ちにそれが原告であることが判然としないレーサースタイルの原告の肖像部分とその他本件映画の一場面が使用された部分とがあり、本件映画関係部分には、通常の方式による映画広告としては重要な記載事項であると考えられる上映劇場名、上映期間等に関する表示はなく、ただ、商品名に比較すればかなり小さな文字で、「東和映画『栄光のル・マン』より」、「CCF配給<栄光のル・マン>より」あるいは「STEVEMcQUEEN 東和映画栄光のル・マンより」と記載された表示のいずれかが存在するのみであるが、レーサースタイルの原告が、明示的に当該商品を保証又は推奨している文言はなく、また原告が動作等で暗示的に当該商品を保証又は推奨していると解される部分やその他原告と当該商品とを客観的に結びつける要素は存在しない。したがつて、右広告に使用された原告の肖像を中心とする本件映画関係部分の商品宣伝部分に対する関係は、せいぜい当該商品の広告に読者等衆人の注目を集める役割を荷なつたものでしかないと考えるのが相当である。
次に、本件ヤクルト広告についてはその性質を考えてみるに、右広告は、一分間のテレビスポット広告用のコマーシャルフィルムで、最初に小さいものではあるが明瞭に読みとれる文字で、画面の下部に「栄光のル・マンより」という文字が表示され、そのあとレーサースタイルの原告が大写しになる場面等で何回か登場する本件映画のいくつかの自動車レース場面が続き、最後の五分の一の時間に商品宣伝の画面及びナレーションがそう入されているものであるが、本件映画関係部分と商品宣伝部分とは空間的にも時間的にも重なり合う部分はなく、原告の商品に対する明示的又は暗示的な保証あるいは推奨が存在しないのはもちろんのこと、その他本件映画関係部分と商品宣伝部分とを客観的に結びつける要素は何も存在しない。したがつて、本件ヤクルト広告においてもまた、本件映画関係部分は、せいぜいそれに引き続いて放映される商品宣伝部分に視聴者の注意を惹くためのものとして利用されているにすぎないと考えざるを得ない。
ところで、映画の宣伝広告には、映画題名、内容、上映期間、上映劇場名、監督名、出演俳優名等がその重要な要素として表示されるのが通常であると考えられるが、この点からみると、本件各広告には、配給会社名、原告の氏名が表示されている場合もあるものの、いずれも主として映画題名の表示しかなされていないと言つてよく、一見したところそれのみで本件映画の宣伝に十分な効果をあげ得るかどうかについては疑問の生ずる余地もないではない。しかしながら、本件各広告は、いずれも全国的規模で実施され、右各要素のすべてを表示することはそもそも不可能であるうえ、本件映画のロードショーが全国の主要都市において開始された後に実施されたいわゆる追い広告であり、そこで使用されているレーサースタイルの原告の肖像(本件ヤクルト広告にはそのほか本件映画中の自動車レースの場面が使用されている。)は本件映画を象徴するものとして右ロードショー開始前から通常の方式による映画宣伝広告等にも一貫して使用されていたものであつて、そのことは本件映画の全国各地におけるロードショーの開始と相まつて、本件各広告を目にした一般大衆をして、本件各広告におけるレーサースタイルの原告の肖像等が本件映画の象徴的場面から取り出したものであることを容易に知らしめ又は知らしめ得るものであつて、それ故にこそ本件各広告は、本件映画に関心を有する者にとつてはもとより、タイアップ商品に関心を有する層に対しても本件映画への興味をそそり又は抱かせる契機となり得ることは多言を要しないことを考慮すれば、本件各広告において本件映画の題名の表示が全体に比して小さく、かつその他の表示がないとしても、そのことは本件映画の宣伝にとつて本質的な欠陥となり得るものではなく、むしろ本件各広告は、映画の宣伝広告としてその機能を十分に果たし得たものと考えられる。また、一般的に考えてみても、その広告効果の大小は別として、映画の象徴的な場面がその題名の表示を伴つて表示されていれば、目下上映中の又は近く上映予定の映画にとつて有効な宣伝広告であると理解することができる。
以上のとおり、本件各広告における本件映画関係部分は、それぞれ当該商品広告部分に衆人の注目を集める役割を荷なつたものとして、その限りにおいて商品広告に利用されている面を否定し得ないものの、それを超えて当該商品との結び付きはなく、その余は本件映画の宣伝広告そのものとして存在し、かつ機能していたものと認めるのが相当であり、本件各広告は、その実質において商品宣伝広告部分と映画宣伝広告部分とが併存する形態の広告であると認めるのが相当である。
五被告らの不法行為の成否
1 原告は、本件各広告は特定の商品の宣伝広告であるにもかかわらず、被告らは右広告に原告の承諾を得ることなくその肖像写真を使用し、これによつて原告の肖像権等を違法に侵害した旨を主張する。
なるほど、本件各広告が被告松下及び同ヤクルトの特定の商品の宣伝広告でもあり、被告らが右広告に原告の肖像写真を使用することについてその承諾を得ていなかつたことは前記認定のとおりである。
しかしながら、前記認定の事実によれば、被告東宝は本件各広告をあくまで本件映画の宣伝広告の一環として企画実施したものであり、本件各広告は、その内容、性質等において被告松下及び同ヤクルトの商品宣伝であると同時に本件映画の宣伝でもあるタイアップ方式による広告であつて、被告東宝とCBS(ないしはCCF)との契約条項に牴触するものではないうえ、その方式、方法等において、わが国におけるタイアップ方式による広告の従来からの慣行に従つたものであり、これらの点を考え合わせれば、本件各広告が商品広告でもある一事から直ちに原告の肖像写真を使用するについてその承諾を要するものとはいえないのであり、むしろ前記認定の本件各広告の実施経緯等にかんがみるとき、被告らとしては、本件各広告が被告東宝のCBSとの契約に基づく権限内の行為としてCBS(ないしはCCF)から許容されてこれを実施したものであると認められるのである。
2 しかるに原告は、本件各広告のようなタイアップ方式による映画宣伝は、その主張する原告とソラー間の契約及びソラーとCBS間の契約に照らし、原告の承諾を得ることなくしては実施できないものであると主張する。
ところで、原告が主張する右各契約上、本件各広告の実施が原告の承諾にかからしめられているということができるかどうかの点はしばらくおき、原告が主張する右契約内容の存在を前提にするとしても、果たして被告らに、本件各広告の実施に際し、右契約内容までさかのぼつて原告の承諾の要否を調査すべき注意義務があつたどうかを検討してみる必要がある。
しかるところ、既に認定説示したような本件各広告の内容、実施経緯及び性質を総合して考察すれば、被告らは、本件各広告が被告東宝においてCBS(ないしはCCF)から許容されたものとして、かつ本件各広告のようなタイアップ方式による広告がわが国ばかりでなく外国、とりわけ米国においても一般的に許容されている映画の宣伝方法の範囲内に属するものと信じて実施したものであり、また右のように信じたことについては十分に合理的な理由があるといわなければならないのであつて、これらの点を合わせ考えるならば、被告らに更にさかのぼつて、原告が主張するような原告とソラー間の契約及びソラーとCBS間の契約を調査検討し、ひいては本件各広告がCBSの許諾のみによつては実施し得ないものかどうかを調査検討すべき注意義務があつたいうことはできないものといわなければならない。
3 以上のとおりであるとすれば、被告らが本件右広告を実施したことについては、原告の承諾の要否を判断するまでもなく、既にその過失を問うことはできないというべきである。そしてまた、被告らが本件各広告を原告の承諾を必要とすることを知りながら実施した旨の原告主張は、本件全証拠によつてもこれを認めることはできない。
六以上の次第であつて、原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなくいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(丹野益男 大内俊身 出口尚明)
別紙(一)、(二)、(三)<省略>